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チャットモンチー

チャットモンチー (chatmonchy) は、徳島県出身のスリーピースガールズロックバンドである。略称は「チャットモ」、「チャット」など。所属レコード会社はキューンレコード。

バンド名に特に意味は無く、結成当時のドラマーがバンド名に「もんちー」を入れたいと言い、それに最も合う言葉が「チャット」だったのでチャットモンチーとなった。

メジャーデビュー以降、元SUPERCARのいしわたり淳治をプロデューサーとして迎えている。メンバー全員が作詞を行う。
(Wikipedia引用)

~PV~
>>PVはこちら

~チャットモンチーの詳しい内容を見たい人は続きを読むへ~

橋本絵莉子
(はしもと えりこ、1983年10月17日 - )血液型A型。徳島県徳島市出身。徳島市城東中学校、徳島県立城東高等学校卒業。ギター、ボーカル担当。愛称:えっちゃん、えりこ、はしえり、えりお。

チャットモンチーのリーダーであり、全楽曲の作曲と、一部楽曲の作詞を担当する。中学・高校時代と、管弦楽部に所属(パートはクラリネット)するかたわら、高校1年の頃、兄の影響でギターを始める(初めてコピーした曲はHi-STANDARDの「New Life」)。高校2年の時に、現在とは違うメンバーでチャットモンチーを結成。初めてライブを行った際、友人からの「結構イケるんちゃう?」の一言で自信を掴み、音楽の道に進む事を決心する。その決心は、高校3年の模擬試験で、進学クラスに在籍しているにもかかわらず、志望大学欄を白紙で提出してしまう程、強固なものだった。TV番組のインタビューで音楽のルーツを聞かれ、小さい頃から「民謡歌手になれ」と育てられていたと答えている。自他共に認める激しい人見知りである。

ギターを「あぐらで弾きたい派」という事で、プロデューサーのいしわたり淳治が「絵莉子、ハウス!」と布を敷き、その上で弾く事があり、その布は関係者内で「ハウス」と呼ばれている。昔はギブソン・レスポール派だったがあらゆる人に「似合わない」と言われ、それからはフェンダー・テレキャスターを愛用しているが、現在は収録・ライブ共に状況に合わせて様々なギターを使用している。

使用機材
ギター
フェンダー
アメリカンテレキャスター(スリーカラーサンバースト)
カスタムショップ・テレキャスター(ゴールド)
ストラトキャスター ジョンメイヤーモデル(サンバースト)
ギブソン
レスポールカスタム(TVイエロー)
レスポールスペシャル(フェイデッドチェリー)
その他
Journeyman STV-AML
アンプ
MATCHLESS DC-30 (「MATCHLESS」と書かれたパネル部分が、「CHATMONCHY」に改造されている。)
Divided by 13 JRT9/15
フェンダー ホットロッドデビル

[編集] 福岡晃子
(ふくおか あきこ、1983年4月16日 - )血液型A型。徳島県徳島市出身。鳴門教育大学附属中学校、徳島県立城東高等学校、鳴門教育大学卒業。ベース、コーラス担当。愛称:あっこ、あっこびん、あっこせい。

作詞を担当する。中学時代にテレビで見たSUPERCARに感銘を受け大ファンになり、ベーシストフルカワミキの影響でベースを始める。しかし、当初は楽器が出来る友達が周りにおらず、1人で練習する辛さから一度はベースを挫折し、別のバンドでギターを担当していた。高校時代に、友人に誘われて行ったチャットモンチーのライブで、普段は高校でおとなしい橋本が歪んだギター音を鳴らし、叫ぶように歌う姿に驚愕、以来チャットモンチーのファンになる。高校卒業を控えた3月に、橋本から自分以外のチャットモンチーのメンバーが脱退した事(就職や、県外の大学に進学した為)を告げられ、同時にベースとして加入の誘いを受ける。ベースをやめてから年月が経ち、ほとんど弾けない状態である事や、自分が加入する事でチャットモンチーの音楽性が崩れないか心配の種はあったものの、憧れだったチャットモンチーに加入出来る事を喜び、加入する。大学の卒業論文に、自身の楽曲を使用。橋本・高橋と異なり、管弦楽部ないし吹奏楽部への入部経験を有さない。同じ事務所の依布サラサとは、よく一緒に食事をする仲である。

使用機材
ベース
フェンダー
カスタムショップ・ジャズベース(レイク・プラシド・ブルー)
プレシジョンベース・オールド(サンバースト)
ギブソン
V-Bass
アンプ
メサ・ブギー BASS 400+ & RD-1516B (「MESA/BOOGIE」と書かれたパネル部分が、「MESSA/ACCO」に改造されている。)
アンペグ SVT-5 PRO

[編集] 高橋久美子
(たかはし くみこ、1982年4月10日 - )血液型O型。愛媛県四国中央市出身。愛媛県立川之江高等学校、鳴門教育大学卒業。ドラム、コーラス担当。愛称:クミコン。

作詞を担当する。中学、高校と吹奏楽部でクラリネットを担当していたが、元々肺が弱かったため、高校一年の夏頃から慢性的に肺炎を繰り返すようになり、ドクターストップがかかった。先生から吹奏楽部を辞めるか、肺を使わない打楽器に転向するか求められ、仕方がなくシンバルに転向。この転向したシンバルが現在のドラムに繋がる結果になった。大学に進学し、軽音楽部に入部。ボン・ジョヴィのティコ・トーレスとニルヴァーナのデイブ・グロールの影響でドラムを始める。この軽音楽部で、後に入部してくる福岡と知り合う事になり、チャットモンチーのドラムとして何度か加入の誘いを受ける。当時の高橋は、幼少からの夢である教職に就きたかった事と、将来を保障されないミュージシャンという職業に危惧し、何度もその誘いを断っていた。しかし、福岡から招待されたチャットモンチーのライブに足を運ぶと、ドラム不在の為、アコースティックで演奏していた「橙」に感銘を受け、チャットモンチーに加入する事となった。前述の通り、教職が夢だった為、国語教師の免許を取得している。

学年的には橋本・福岡のひとつ上であり、加入当初は橋本に「くみこんさん」と呼ばれていた。年上なのにたまに福岡晃子の事を『あこさん』と呼ぶ。目がとても悪い。

歴史を学ぶ事が趣味であり、特に幕末を好んでいる。ブログでは幕末に由緒ある地に訪れる姿を何度か掲載し、雑誌インタビューやラジオでは、幕末に纏わるトークを多々する事がある

結成から2005年まで
2000年 - 橋本が中心となって結成。徳島市を中心に活動開始。当時のメンバー編成はツインボーカル、ツインギター、ベース、ドラムの6人編成。
2002年 - 進路の都合で橋本以外のメンバーが全員脱退。その後、橋本が通っていた高校の同級生だった福岡が卒業直前の3月に加入。
2003年 - 男子ドラマーが加入するが、同年脱退。その後は、橋本と福岡でアコースティックライヴを続ける。
2004年4月 - 徳島で行われたはなはるフェスタのイベントの一つの「はな・はる・バンドコンテスト」で、グランプリを受賞
2004年 - 以前までサポートメンバーで、福岡が通っていた大学のサークルの先輩だった高橋が、4月4日に正式加入する。この頃に現在のメンバーで固定され自主制作盤としてミニアルバム「チャットモンチーになりたい」(現在廃盤)発売。ライブ活動をしながら、手売りで地元を中心に1,500枚ほど売れる。
2005年
8月 - 雑誌「ROCKIN'ON JAPAN」でアマチュアバンドでありながら、「数年に一度いるかいないかの新星登場」というキャッチコピーで紹介される。同誌にて徳島県のアマチュアバンドが取り上げられることは極めて稀である。翌月にはメジャーデビューが同誌で発表され、以降11月にデビューするまで、同誌では彼女達を執拗なまでに取り上げている。
10月15日 - 徳島JITTERBUGにて、チャットモンチー初のワンマンLiveを開催。
11月23日 - SUPERCARのいしわたり淳治プロデュースによるミニアルバム「chatmonchy has come」でキューンレコードからメジャーデビュー。
2006年
3月1日 - 1stシングル「恋の煙」発売。
3月10日より札幌を皮切りに、初めての全国ツアー「smoke on the ご当地'06」を開催。
4月1日 - 新宿LOFTにて、チャットモンチー東京初企画イベント「チャットモンチーの新宿で半熟」を開催。
4月30日 - 徳島県のはなはるフェスタにてメジャーデビュー後初の凱旋野外公演を行う。
6月7日 - 2ndシングル「恋愛スピリッツ」発売。
7月5日 - 1stフルアルバム「耳鳴り」を発売(オリコンチャート初登場10位)。
7月16日 - ASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN FES. 2006に出演。
8月6日 - ROCK IN JAPAN FESTIVALの最終日に出演。2006年より新設されたWING TENTの大トリを務める。MCにて「去年は客として来ていた。」というエピソードを披露している。
9月24日 - スペースシャワーTV主催ライブ「SWEET LOVE SHOWER 2006」に出演。
11月15日 - 3rdシングル「シャングリラ」を発売。オリコン初登場6位と初のトップ10入りを果たす。
2007年
4月18日 - 4thシングル「女子たちに明日はない」を発売。
6月20日 - 5thシングル「とび魚のバタフライ/世界が終わる夜に」を発売。これは彼女らの初の両A面シングルである。
7月~8月 - 地元徳島県で開催のエキサイティング・サマー・イン・ワジキをはじめ、ROCK IN JAPAN FESTIVALやSUMMER SONICなど各地の夏フェスに出演。
9月1日 - スペースシャワーTV主催ライブ「SWEET LOVE SHOWER 2007」に出演。
9月5日 - 6thシングル「橙」を発売。2回目のアニメ主題歌を担当した。また同月に放送される「スカパー!夏フェス祭り」のイメージキャラクターを務める。
10月20日 - ROCKIN'ON JAPAN・2007年11月号の表紙を飾る。女性が同誌の表紙を飾ることは稀にあることだが、女性だけによる編成のバンドが表紙を飾るのは史上初である。
10月16日 - FM802の「FLOWER AFTERNOON」で、番組の為にレコーディングした未発表カバー曲、ビートルズの「IN MY LIFE」を熱唱。
10月24日 - 2ndアルバム「生命力」を発売(オリコンチャート初登場2位)。同時発売された「奥田民生・カバーズ」にて、チャットモンチーとしては初のトリビュート盤への参加で、奥田民生の「息子」(1995年)をカバー。また、同日発売のユニコーンの楽曲をカバーした「ユニコーン・トリビュート」にて、シュノーケルが歌う「おかしな2人」で、コーラスとして橋本絵莉子が参加している。
11月16日~翌年1月29日 - 「チャットモンチー07/08ライヴ『生命力みなぎりTOUR』」を行う。全国18都市、全23箇所を回る。
11月28日 - DVD第一弾「チャットモンチー レストラン 前菜」を発売。
2008年
1月31日 - 母校徳島県立城東高等学校の予餞会にシークレットゲストとして登場。
2月27日 - 7thシングル「ヒラヒラヒラク秘密ノ扉」とDVD第二弾「チャットモンチー レストラン スープ」を同時発売。
3月31日~4月1日 - 初の武道館ワンマンライブ「チャットモンチーのすごい2日間in日本武道館」を開催。
5月15日 - 8thシングル「風吹けば恋」のPV撮影を約1500人のファンを募集して行う。
6月25日 - 8thシングル「風吹けば恋」を発売。
11月5日 - 9thシングル「染まるよ」とDVD第三弾「チャットモンチー レストラン メインディッシュ」を同時発売。
(wikipedia引用)




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